妻との出会い

2012.01.23.09:49

会社に入って直ぐの事だった。当時会社のある部門で、日本で製作した美術本、アメリカの出版社に輸出していた。私は輸出書類作り(船荷証券)船会社(乙仲)に届けるそんな仕事だった。

その事務所で初めて彼女にあった。吃驚した。彼女今でも私より背が高いが、当時は脚が長く。まるで体の半分が脚のように見えた、さらに日本人では見られない南方系美人であった。

当時私は全く英会話が出来なかった。単語並べてのボデイランゲージ、その後もなんとか理由つけてデートに誘ったが、一年位2人ではデートできなかった。それはシャペロンというしきたりで、いわゆる良い家庭の子女は1人では男性とデイトしていけない、必ず、同伴者、つけなければならない、この話は後で分かったが、当時はそうしないと来ないし、少ない給料で2人分の費用、参った。

その当時の彼女の状況、在日比国大使館、文化担当書記官、あと何の書記官かは忘れたが、彼女の叔母、叔父がその職についていた。彼女は大学卒業後、船で九州の佐世保に上陸、それから列車で東京、六本木にあった叔父、叔母の家に住むようになった。

本人談によれば、この仕事は、アメリカに行くため、費用捻出の一時的なアルバイトであったそうだ。
その後、彼女の姉が同じ大使館で仕事についた。

付き合いは続いたが、このとき初めて比国という国に興味が湧いた。当時はP人といえば、ビンボウ、ダナオ位しかいなかったし、PPバーもなかった。

それから暫くして生まれて初めての海外旅行が比国であった。23歳の時である。

結婚はそれから5年待たされた、28歳の12月の事だった。

スポンサーサイト

comment

Secret

プロフィール

わがまま、親父

Author:わがまま、親父
FC2ブログへようこそ!

このブログで書かれた記事とコメントの転用を禁じます。
違反した場合は法的手段を講じます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
わがまま親父の独り言、カナダで生きています。
わがまま親父の独り言う、カナダで生きています。
わがまま親父の独り言、カナダで生きています。
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR