前回の記事に関して、ついでの話。

2014.12.22.06:34

前回の記事でいわゆる、痛いオジサンといわれる日本人中年男達の話を書いた、それはフィリピンの若い女の子に嵌ってフィリピンまで渡り、結果にっちもさっちもいかなくなり、すべてを失って、挙句の果て日本にも戻れず、最悪なのはホームレスになったり、乞食をやっている人間達の話である。

今から何十年も前の話、日本全国津々浦々にPPクラブというものが沢山あった、PPクラブ、フィリピンパブの略、ここにはダンサー、歌手としてビザで入国しながら実体はホステス、このフィリピン人女性達、最後はジャパ行さんと呼ばれた、ちなみにこのジャパ行き、フィリピンでも有名な言葉で、ある意味、成功して幸せを掴んだ女、もしくはポクポク女(これはタガログ語で売春婦を意味する)と呼ばれたり、羨望や妬みが混じって面白いのであるが、、、

さて、ここに集った女達、その多くがフィリピン貧困下層階級の女達である、なぜ彼女達が日本へ出稼ぎに来たのか、それはフィリピンという国を理解しないとわからないと思うが、ま、とにかく、お金を稼ぐためにやってきた。

実は私,この辺の事情はよく知っている、それはフィリピン側プロモーター送り出し側の人間、当時のエンターテイナー協会会長が私達の非常に親しい友人だった、また妻の叔父叔母が比国大使館書記官、友人が大使館領事部にいたりして事情はよく知る立場にあったからだ。
この会長、実は私のブログによく登場する女性で、元はフィリピン中央銀行総裁のお妾さんで、若い時は本当に綺麗な女性だった、当時彼女は芸能学校も経営していて生徒は200人、私もよく送りだし側のオーデイションにも立ち会った事もあるし、マカテイにある有名なJKVの真珠の森の経営者でもあった。

さて、この全国津々浦々にできたPPクラブ、流行した、多くの日本人男性が連日行って満員盛況だった、また、お店では数多くの出会いがあり、恋愛もあった、フィリピン女性、その多くが貧困家庭出身、だが、日本人男に対し顔や身なりに差別することなく誰にもやさしく接した、また日本人お客もこんな俺でももてると錯覚して通った。そんなこともあって数多くのカップルが誕生、、、、、、

フィリピン女性が何故,禄に会話も成立しない男との結婚に承諾するのか、それは幸せになりたいからである、彼らの考える幸せ、それは経済的な意味、それは比国に残してきた家族を助ける、それが結婚によって可能になる、そのことも大きい。フィリピンは大家族主義、貧しいながらもお互いに助け合う、日本のお店にやってきたフィリピン女性の多くが長女、比国の貧しい家庭ではこの長女の責任が大きい、

これは一緒になった数おおくの日本人男性が知らない事だが、フィリピン人女性の家庭での優先順位は先ず自分の身内家族のことである、

よく日本人旦那とフィリピン人嫁との間でもめる事、それはフィリピン人嫁が比国にいる嫁の家族に送金する話、これは比国女性にとっては当たり前の話なのだが、これを理解する日本人夫は少ない。

だがしかし、フィリピン人女性が夫と共に日本で暮らす、まだまし、それは彼女達も日本では孤立無援、頑張るしかないために比較的夫婦関係は上手くいく、多少、歳の離れた結婚だろうが、言葉が不自由だろうが結果的にはそこそこ幸せな家庭を作っているケースが多い。

問題は日本のPPクラブで知り合い、援助交際の結果、その知り合った女を追っかけて比国にわたる、そして彼女の家庭環境をよく調べもせず、結婚、そして比国に移住というケース、

このケースで結果よく騙されたという話を聞く、実際そんな男達に現地で何人も会った事がある、正直に書くがこれらの男達、阿呆である(笑い)
先ず、言葉が出来ない、現地語のタガログ語はもとより、英語も話せない、まあ、彼女達もきちんととした英語は話せないが、英語でコミニケーションはとれる、

まだ、現地で彼女が迎えに来てくれるのはましな方、半分位は誰もやってこない、それは日本で彼女達が語った話は殆どが嘘の話、

で、彼女が迎えに来てくれた、とにかく彼女を通してしか事情が理解できない、迎の車のドライバー、従妹と称すが実は旦那、田舎の粗末な家には両親、兄弟、姉妹、そして何故か子どもが沢山、子供は姪や甥と紹介、これも実は旦那との間の実子、彼女の家族にとっては騙す積りはないが、しかし、彼らにとっては間抜けな金持ち日本人、少しくらい幸せになってもいいではないか(ま、いいと思う、笑い)
結果、日本人男は、安心して日本に帰り、送金を継続、いよいよ結婚の段取りの話になるも、その後音信不通、だがこのケースはまだ良い(笑い)

日本で問題なく暮らしていた夫婦、旦那が何を思ったか、妻の国、フィリピン移住を決める(これは私も辿った道だった)
会社を辞め、退職金をもらい、持っていた不動産を処分、個人経営者なら事業をたたみ、不動産を売ったり、いずれにしても総額何千万かの金を作ってフィリピンに渡る。

妻や妻の家族の求めに応じて、それ、家だ、それ、車だ、それ商売だ、問題は日本での妻とこちらでの妻、全く違う人間になってしまった事、そりゃそうだ、そこでは彼女が一家の女王、彼女の家族にとっては唯一の金主、勿論旦那ではない。

ちなみに比国では不動産、動産、ビズネス上の名義人、すべてフィリピン側にある、
面白い話がある、フィリピンでサリサリストアというビジネスがある、サリサリとはタガログ語で小さいという意味だが、その意味通り、貧民街に小さな雑貨屋が沢山ある、貧困層ではこれをやりたいという人間が多いが、問題は商売のノウハウを全く分かっていない、簡単にいうと売上が儲けだと思っている、そんな訳で家族の要望に応えて商売資金や運転資金を出しても、あっという間に潰れてしまう、それは見事なくらいである、
大体が売り物商品、食事のおかずがないとつい、勿論金は払わないし、補充もしない(笑い)

日本では夫に尽くしていた比国嫁,、変~身となる、まず言う事を聞かない、旦那はただのATM,でそんなこんなで2~3年で財政パンク、日本から持ってきた金は溶けて消えてしまった。
それでなくとも金の使い道で年中揉めていた夫婦仲,愛情はとっくに冷えている、かくて旦那、哀れな存在と化す。

私はこういった道をたどった男達、実際にも知っているし、話も沢山知っているが、全く同情しない、良く、比国関連ブログで騙されたとか、泣きを入れている男がいるが、これは自分の馬鹿さ加減を自慢しているとしか映らない。

大体が自分の娘程歳が違うフィリピンの若い女性が、なぜ、しょうもない風采の上がらぬ中年男や初老の爺と一緒になってくれたのか、愛情、それは多少はあっただろう、だが、基本は男性がみせた経済力、そこにある。

仮に夫婦共日本で住んでいて、多少の経済的問題があっても、やる直せる、場合によっては応援してくれる人間もある。

だが、老後はウィフィリピンで、フィリピンで一旗揚げて、こんな阿呆な考えでフィリピンに移住、移住したはいいが妻の家族や親せきは貧困層、下層階級、買った家はあっという間に妻の家族によって占拠、だが、これはフィリピンの家族構造であり庶民文化であり、ある種の助け合いなのだ、
フィリピンに移住するという事はその国の文化,良いも悪いも含めて受け入れるという事、その覚悟がないから、後で騙されたとなる。

結果、言葉もできない、何の伝手もない、そういう人間がフィリピンで働く事が出来るか、それは先ずない。

そんな訳でフィリピンには日本に帰りたくとも帰れない、ビザもない不法滞在の日本人老人が沢山いる、また、現地で不良化した詐欺師や地面師、悪党、(これらは観光に来た日本人をカモにして生計を立てる)も多い。


よく貧民街、貧乏人住宅街に行くと突如、立派な家に出会う事がある、なぜ、こんな場所に思うが、実はこれ、日本に何回も行ったジャパ行きさんたちが持ち帰った金で建てた物、そんな訳で貧しい女達には日本に行きさえすれば幸せになれるという信仰めいた思いや神話がまだ残っている。

余談だが今から三十何年前、六本木にスターシャという高級PPクラブがあった、女の子は皆、背が高く美貌揃い、私もよく彼女達の楽屋に行ったりしたが、驚いたのは彼女達の部屋、段ベッドだらけ、生活は質素だった、当時彼女達の1か月の保証は3千ドル、そのころのフィリピン、一流大学卒業の初任給が1月1万5千円の時代、その時代の3000ドル、破格の保証だった、フィリピン女性のフィリピンドリーム、こうして始まった。

フィリピン物語、他にも色んな面白い話もあるは、それは又、別の機会としたい。

おまけの話、良く、日本の痛い親父がフィリピン女性を一括りにして語る阿呆がいるが、フィリピンという国は階層社会であってその階層に属せば女性と言っても全く違う、
簡単に言えばフィリピンの上流社会に属す女性達、日本人男性には鼻も引っかけない、そういう事がわかっていない阿呆日本人が多い。
この階層の人間が住む住宅地、高い塀と屈強な警備員によって守られ、部屋数は十いくつ、プール付き、車は高級車が何台も、使用人も多数、場合によっては敷地にヘリポートまである。

まあ、同病相哀れむでお互いに傷を舐めあっているのはいいが、下らん価値観で比国女性を判断する、ちょっと考えた方が良い。

これもおまけな話として書くが、フィリピン妻を伴侶としてフィリピンに暮らす日本人男性、幸せに暮らしている夫婦も数は少ないがある。このような夫婦を見ていて思うのは妻となったフィリピン人女性がステキな事、この素敵というのは容貌もあるが、それよりも一緒になった日本人夫をこよなく愛しているという事、そして何よりもフィリピン女性でありながら日本人女性化しているという事が大きい。
勿論通常会話は日本語、このような女性と出会う事は稀有な事ではあるが、ない訳ではない、それは夫である日本人夫もフィリピン人女性という視点ではなく、自分が心から愛した女性として扱った結果であって、フィリピン女性、本当は尽くし型の女性が多いのであるが、残念ながらそのような恩恵にあずかる日本人男が少ない。


私?、、、、、、う~ん、何とも言えない(笑い)。
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2014.12.31.20:37

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Re: (ズラ用に)藁人形でも作ったろか

2014.12.25.14:38

ウナ殿、私も日の丸国旗揚げたいが、こちらにはありません。今回の帰国では買って帰ります。

薄らナル殿下の被り物、金はあるのだから、もうちょっとなんとか、、、、言っても無駄か、バカだから、、、

こんな話をしましょうね、お会いした時に!!

(ズラ用に)藁人形でも作ったろか

2014.12.23.09:59

お早うございます
本日は今上陛下の誕生日でありますが
複雑な心境です
日の丸は掲げました
(今夜あたり放火されるかもしれません・・・?)
朝NHKを点けましたが
これがいけなかった
ズラの大写し
オラはガキの頃から
挨拶をするときには被りものをとれ
せめて帽子のつばに手を掛けろと躾られました
野球を見なくなったのは
ヒーローインタビューで
選手は皆帽子のままで首を下げます
これが堪らなく見苦しく映ったからです
それにズラは換気が悪い
腐臭の元です
テレビは即刻消しました
今日は静かに七輪でお誕生日を祝います
知れば知るほど好きになるお国、日本
しればしるほど不安になる皇室
お国の行方…ア~コリャコリャ
殿、もとい親爺殿
いつものブログアップに感謝しております

No title

2014.12.23.06:23

 フィリピン滞在6年間のうちに多くの在フィリピン日本人と知り合いになりました。
殺された人2名、不幸にして病死した人1名。
やはり言葉の壁は大きいと感じました。
そこそこ幸せに暮らしている日本人は極めて少ないように感じます。
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