ラストサムライ、小野田寛朗元陸軍少尉と私の接点。

2014.01.18.12:14

小野田寛朗元陸軍少尉、今月の17日91歳でお亡くなりになったというニュースがあった

trd14011709400006-n1.jpg


小野田寛朗氏、元陸軍中野学校卒業、フィリピンに派遣されその後ルパング島守備隊に所属、終戦を知らずその30年に渡って戦い続け、発見された後も上官からの命令を持って降伏を受け入れ日本に帰国、数奇な運命を辿った方だった。

実はこの小野田さんと多少の縁が有り、2回ほどお会いして話しをした事がある。



当時私は駆け出しの営業マンとしてある出版社を担当していた、その会社はアメリカ、ニューヨークに本社があった、アメリカの大手美術出版社であった、私が担当していたのはその日本支社、その支社長にチャールズ S, テリーさんという方があった。

どういう訳か私は彼に可愛がられたようで、時には用事もないのに彼の自宅へ行って油を売っていた。
当時、彼の自宅があったのは市谷自衛隊の裏、木立に囲まれた傾斜地に広い、洋風の一軒屋が有り、彼はそこに社員の何人かと住んでいた

彼は生涯、妻帯はしなかった。理由はあるが余り重要ではないのでここでは書かない。


チャールズ S テリー氏、アメリカミシシッピで生まれ、デューク大学を卒業、その後海軍へアメリカ海軍で最初に日本語をマスターした者として記録に残る、その後はコロンビア大学で日本史で修士号、

日本に来た時はアメリカ進駐軍の情報担当将校として、日本でも東大で日本文化その他で修士号を取り、日本語と日本の歴史、文化の専門家となった。面白い事に小野田氏もテリー氏も共に軍の情報関係出身、話があったかもしれない。

私がこのテリーさんと始めてあったのはもう彼が初老になっていた頃、出版社の支社長時代だった。

そんなある日の事、いつも調子でテリーさんの自宅にお邪魔したら、どこかで見かけたような記憶のある人物に出会った。最初は誰か思い出せなかった。

で、テリーさんが言った、Tさん、知っているこの人、私、とりあえず挨拶、そこで思いだした、それが最初に小野田サンとお会いした時だった、その時は初対面とどうやらテリーさんと何やら内合わせ中のようでもあったのでそんなにたいした話しは出来なかったと記憶している。

話しを戻すがこのチャールズ S テリーと言う方、翻訳の専門化でもあり日本の作家吉川英二の宮本武蔵を英文で訳しアメリカで出版された方でもある、元駐日大使であったライシャワー氏との共著もあり、その方面では有名な人物だった。テリーさん、ご自分でもかなりの本を出している、実はこの記事を書くまでは知らなかった。

それから暫くしてまたテリーさん宅のお邪魔した時、小野田さんがいらっしゃっていた、打ち合わせも一段落していたようで少し話しが出来た、具体的には何をはなしたのかよく憶えていないが、私の抱いていた小野田さん、あの比国のルパング島から生還した同じ人には見えなかった、印象として残っているのは小柄で全体的には柔和そう、だが時折見せる目には力があった、口調は穏やかで、明るい話し方だった。

後で解ったがこの時のテリーさんと小野田さんの打ち合わせ、それは小野田さんの本をアメリカで出版する事であったようだ、その後この本はアメリカで出版された、、日本でも出版されたかもしれない。

原題はNO SURENDER,,私の30年戦争、1974年出版、ブルージャケット社刊とある。

小野田さんとはその後お会いする事もなく、時が過ぎ去ってしまったが、ある意味、日本を本当に愛した日本の武人だったと思う、今回、立候補している田母神氏もグループの仲間で小野田さんも彼を支援する人間の1人だった。


さて、テリーさん、その後出版社支社長を退かれた後も、私はよく彼の自宅に遊びに行っていた、晩年彼は末期肺がんと分かり入院、なくなる何日か前にお見舞いにいったがその時には既に死相が顔に出ていた。

葬式にも参列したがなんだかがっかりしてしまった事を憶えている。

その後、アメリカ本社の社長も変わったり、時には日本支社の視察でこられた事もあったがその中の一人が名前をアンドリュー、シュチワートで奥さんがマーサ,シュチワート、後に有名になった方であるがその時はただの主婦だった、その後この夫婦は離婚したが彼女はまだ夫の苗字を名乗っている。

私の妻もこの会社の女性編集部長に引っ張られ彼女の秘書となり、このマーサ、シュチワートの東京案内をした事があった。

私も妻も何回かこのニューヨーク本社を訪れた事があるが、残念ながらこの出版社、フランス資本に経営が変わり、もう誰もしっている人がいなくなってしまった。

話しは変わるが妻の姉、叔父、叔母、日本にあるフィリピン大使館の外交官だった関係でイメルダマルコス夫人の来日時妻もパーテイによばれ何回か会ったそうだ、当時のイメルダ氏、大変な権勢の持ち主、でもこの方も実は裏で色んな苦労をしているのだ、この話しは又、機会はあれば書いてみたい。
比国で小野田元少尉が武装解除、投降式に立ち会ったマルコス大統領、小野田少尉が軍刀を投降のシンボルとして差し出した時、マルコスはこれを受け取らず、軍人として敬意を払ったとある、
trd14011709400006-p4.jpg


本来ならば比国ルパング島において戦争を継続し続け、軍や警察に死者や怪我人を出した犯人、処刑されてもおかしくなかったが、大統領判断で恩赦、即時帰国させた。勿論日本政府の要請があった事も事実だが、巷間言われているような日本からの援助目当てなんては下衆の勘繰り、

マルコス大統領、当時は武人だったのだ、真の軍人は本物の軍人を知る、彼、後の評価は異なるが私は一番好きなフィリピン大統領だった、今でもフィリピンに行くと私世代のフィリピン人はマルコス時代は良かった、皆そういう。その意味ではマルコス以後の歴代大統領、碌でもない人間ばかり、私的にはアロヨが一番駄目と思っているが、比国在住何十年で比国を知り尽くしているVRAIさんによれば、一番の屑は現大統領のアキノらしい、その一番の理由は彼、どうもバクラらしい、(笑い)、、、流石、バクラ嫌いのVRAIさんらしい。



今回の記事、話がいろいろ飛んでしまったが、ご容赦願いたい。


年寄りの昔話し、このように話しがあちこち飛ぶのが普通、これからもありえる話。

最後に小野田寛朗氏の冥福を祈りたい、合掌。







拍手欄で内緒コメントを頂いた、雪さん、山本さん、有難うございました。
スポンサーサイト

comment

Secret

Re: No title

2014.01.20.15:02

来栖さん、コメント有難うございます。

人間も長くやっていると色んな偶然と言うか、出会いがあります。

その意味では来栖さんの今回の旅、得るものもあったはず、コメントにも書いたけれど書かれる記事、前とは違い、なんていうか記事の深みというか、そんな気がします。

大変失礼だが、人間として2周りもでかくなった、、、、まあ、年の離れた爺いの感想、そう思ってくださいね

Re: No title

2014.01.20.14:53


がんこじじいさん、そうですね、小野田さんにとって失われた30年、大きかったでしょうね"

この小野田さんの評価、つくづくこの国の腐れマスコミ、そして戦後の自虐史観教育の汚染された人間達の情けなさが解ります。

一つお願いがあります、以前にご自宅に掲げられた国旗を見ました、私も買い求めたく、できれば同じ物を買って頂きたいのですが、御代はお会いした時に精算させて頂きたい、誠に勝手なお願いとは思っていますが、検討して頂けますか?

Re: No title

2014.01.20.14:43

これからはVRAI先生と呼びましょう、、、

これは冗談ではなくVRAIさんの見識、知識、私には敵わない部分があり、恐らく議論しても勝てない、そういわしめる何かを持っている、そう思うからです。

勿論、対立軸はあります。180度、全く意見が異なる事もある、しかし、私はVRAIさんと激しく議論をしたいとは全く思わない、不思議な人物と思っています。

これは私の根っこの部分とVRAIさんの根っこの部分が多分同じでは、なんて幻想からきている、、、そのように勝手に思っていますが(笑い)

Re: 寂しいっす

2014.01.20.14:33


ヨッシーさん、内緒コメなんで詳しくはコメント返し出来ませんが、仰る事は十分に伝わっています。

有難うございました。

Re: 小野田少尉

2014.01.20.14:30


仁美さん、コメント有難うございました。

小野田元少尉、生粋の職業軍人、この軍人精神、アメリカのウエストポイント仕官学校卒業者と同様でだからこそ、アメリカやヨーロッパからの評価が高い。

もう一つ、彼は自身で本も書きました、私の30年戦争、限界ので自分の精神性を保ち続けていた、これが大きいと思っています。

つまり何故武士道が保ちつづけられたか、それは徳川300年の鎖国政策にある、関連していると私は思っています。

日本人、劣化のスピード速まっています、その事は海外で暮らし、日本を客観的に見ればよく解ります。

Re: No title

2014.01.20.14:18


ねずみ男さん、コメント有難うございます。

小野田さんの評価、外国の方が評価が高い、武人、軍人の鏡、しかしながら日本のマスコミの評価は、最後は中傷すらありましたね!

貰った金は全て靖国神社の寄付、天皇との会見セットには、天皇陛下に会えるような男ではないと辞退、自身を律する事ができる真の軍人、生き様立派でした。

マルコス夫人イメルダ、この話しは比国で名物女将として有名なXXXママから聞いた話も含まれます、その内に書きたいと思っています。

No title

2014.01.19.23:27

こんばんは。

偉大な軍人がお亡くなりになり、
とても残念です。

親父さんお会いしたことあるんですね!
すごい!!

No title

2014.01.19.06:30

 小野田少尉・・偉大な軍人が亡くなりました。
日本に戻られてから“様々な中傷”があったと聞いています。
彼の異国での祖国に対する忠誠に対しての中傷は本当に情けないものです。
また一つ“偉大な日本人”が亡くなりました。
ご冥福を心からお祈り申し上げます。

No title

2014.01.19.04:36

アキノが嫌いな理由、勿論、バクラということが一番ですが
アキノ一族が大嫌いだということもあります。

アロヨも大嫌いです。(笑)

管理人のみ閲覧できます

2014.01.18.22:05

このコメントは管理人のみ閲覧できます

小野田少尉

2014.01.18.18:20

お久しぶりです。
小野田少尉のような存在が日本が植民地化されなかった理由だと思います。
昔の日本人は気骨にあふれていました。
今は骨抜きにされてしまいましたがけど。
余りの劣化のひどさに小野田氏が幻滅しなかったことを祈りたいです。

No title

2014.01.18.14:10

あの比国のルパング島から生還した同じ人には見えなかった

〉そうですね。投稿式の映像を視ると小柄で細身の体ながら、鬼神のようなオーラを放っておられましたね.

 残念ながら、お話をさせていただく機会はありませんでしたが、御遺志を引き継ぎ、ここ南房総の地でN会議設立の手伝いをしようと思っています.

当時のイメルダ氏、大変な権勢の持ち主、でもこの方も実は裏で色んな苦労をしているのだ、この話しは又、機会はあれば書いてみたい。

〉ぜひ早い機会にご教示ください.
プロフィール

わがまま、親父

Author:わがまま、親父
FC2ブログへようこそ!

カナダ、トロント近郊に住む、死に損ないの爺いです。余命わずかなので勝手な事を書き散らしています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
わがまま親父の独り言、カナダで生きています。
わがまま親父の独り言う、カナダで生きています。
わがまま親父の独り言、カナダで生きています。
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR