京、奈良の旅。

2014.02.28.23:42

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京、奈良の旅、何十年振りに東海道新幹線に乗った。京都駅まで片道1万4千円余り、その値段が安いのか高いのか、長らく日本に住んでいなかったので比較は出来ないが、2時間半余りの新幹線、快適であった。車内は勿論禁煙であったが別輌に喫煙室が設けてあり助かった。

この短い京、奈良の旅、目的は3つ、全て人に会う旅だった、1つはカナダで一年に渡り面倒を見ていた青年の両親から是非、日本にいらした時には京都の自宅にお寄り下さいと再三招待を受けていた。

実はこの青年のご両親も暫くの間カナダの我が家に泊まっていた。

2つ目はこれもカナダにアイスホッケー留学で来た青年、当時は高校生、を家に滞在させたり、ホームステイ先を見つけてあげたりして現在も面倒をみている彼の実家が同じく京都府にあり、彼のご両親からも是非お寄り下さいとあったからだ。



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写真は近くの有名料亭でお昼の会席御前をご馳走になった時、青年の父上、祖父、祖母、そしてこの青年のカナダ行きのきっかけとなった青年の恩師、M先生、残念ながら母上は用事があってこの席にはこられなかったが別れの駅ではお会いする事が出来た。

短い時間ではあったがとても楽しい時間を過ごす事ができた。


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写真は同じく京都府にあるアイスホッケー留学青年の自宅を訪問した時、山間のひなびた場所で素敵な所であった、初めてお目にかかった父上は某府立大学の生物学教授、以外と見た目がお若いので驚いた、写真の可愛い女の子はこの青年の姪に当たる、青年の姉は仕事で会えなかったが、青年のお母様には予約していた奈良の旅館まで送って頂いた。
尚、この父上、来年には息子を訪ねてカナダにこられるそうでその時は是非、我が家にお泊り下さいといったら有り難くお世話になりますとの事だった。

3つ目はブログで知り合ったKUONさんという女性に会う事であった。
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とりあえずは宿泊した観鹿荘の写真、部屋は渡り廊下を渡った離れの部屋、そして朝食は大広間で一人、なんとも贅沢な滞在だった。

たった一人だけの泊まり客、確かに値段はお高かった(笑い)

KUONさんとの語らいについては次回としたい。













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帰宅。

2014.02.28.13:24

エアカナダ、002便にて無事帰宅した、氷点下15度、やはりカナダは寒かった。

今回の旅、約一ヶ月、フィリピン、日本、残念ながらベトナム、人と会う事で急がし過ぎて行く事ができなかった。まあ致し方がない。

成田までのバス、妹が見送りに来てくれた、お握りにお茶、漬物、卵焼きのお弁当を持ってきてくれた。そしてお兄ちゃん、荷物になるかもしれないけれど、これといって大きな紙袋をくれた。

私,何だよ、そんなにお金を使わなくって良いのに、妹、お兄ちゃん、これ何だと思う?

その紙袋、開けて見た、思った通りの品物だった!

それは先日、妹と一緒に行った浅草の有名な帽子店で私が気に入った英国製の帽子であった。グレイの高級フェルト、素敵な羽飾りがついていて、でも値段が高すぎて手がでなかった。その時、お兄ちゃん、その帽子お兄ちゃんにとっても合う、私が払うから買いなさいといったが、妹に買ってもらう訳にはいかない、そんな事で羽飾りだけを買って帰った。

妹、その事を良く憶えていて次の日、その帽子を買う為にその帽子店にいって私の気にいった帽子を買ったのだった。その話し、後から知った。本当に嬉しかった。


その前日、何十年かぶりに妹と浅草とスカイツリーなる新名所に2人で行った。兄と妹の一日の小旅行、目的は私の着物を買う為だった。

麻で粋な浴衣が欲しかったが残念ながら季節は冬、流石に呉服店何軒も回ったがなかった、でも素敵な柄の着物と羽織は買う事が出来た。2人で周った浅草の一日、楽しかった。

私が妹に抱く気持ち、以前にも記事にした事があるが、この気持ち、兄ではあるが父にも近い感情であり、おそらく妹もそれに近い愛情を持っているのではないかと思っている、

別れ際、又ねといってカナダ式に妹とハグをした、不覚にも涙が出た、妹も泣いていた。

世の中にこんな兄と妹がいるかどうかは知らないが、私にとってはたった1人の妹、こんな阿呆の兄でも愛してくれている妹、後で読んでねとその紙袋に手紙が入っていた。文面は私の健康を心配しての手紙だったが、最後に私の大好きなお兄ちゃんとあった。、、、涙が出た。

妹、優しい素敵な夫と娘達に囲まれ幸せな生活を送っているが、幼少時は可哀相だった、実の父の愛情は一切知らない、貧困だったが頑張って最後は幼稚園の教諭から園長先生までなった頑張り屋さん、

妹、私がブログで妹に対してこんな記事を書いているなんて事は全く知らない、面と向かっては気恥ずかしい事でも記事にする事で私が伝えたい事が書ける。




さて、今回の旅の総括、落ち着いてから書き始めますが、旅でそれぞれお世話になった方々に改めて御礼を申し上げます

では、今夜はこの辺で!!



旅の途中 3。

2014.02.12.12:25

正直に言って体調が悪い、食欲がほとんどない、妻が心配していた状況になってきた。

まあ、馬鹿だからしょうがないが、連日連夜の夜遊び、クラブ、カラオケ、そして怪しげなカフェ!,酒も浴びるほど飲んでいる、寝るのは午前様、気の成果、体重も減ったように思う。

持ち金も底をついてきた。これは誰しもがそうだと思うが、外国にいてその国の通貨を使う場合どうしても自国通貨に換算してしまいこれくらいはたいした金額ではないと思ってしまう。そんな訳でついつい大盤振る舞いではないが支払ってしまう。まったく阿呆の典型(笑い)


マニラの夜の繁華街、中でも危険地帯とされる場所にLAカフェというクラブがある。ここのオーナーとは昨日もあったが私の事を憶えていた。彼は香港ヤクザシンジケートの繋がりを持つヨーロッパ人、英語で話すがどこかの国の訛りが強く非常に聞き取りにくい英語を話す。

当然地元の警察幹部、政治屋、ギャング組織にもそれなりに金をつかい商売をしている、日本でもそうだが水商売、ヤクザ組織に守ってもらう場合、みかじめ料としてそれなりの金を毎月支払う、これがそれらの組織の利権となる。

フィリピンの場合、もちろんヤクザ組織はあるが、一番大きいヤクザ組織、それは警察である。したがってこの利権をめぐっての管轄組織での争いもある、そんな事でこのLAカフェ、何度も手入れが入り閉鎖をされている。

このオーナー、以前に話した時、そのプロテクト料の支払いが大変だとこぼしていた。


このクラブ、ただのクラブではない。

勿論、ライブバンドも入り酒も出す料理も出すクラブ、だが実態は一夜の客を求めて来る素人女性の稼ぎ場でもある。

このような女性をフィいピン語ではpokupokuと呼ぶ、意味は売春婦、彼女達、昼間は工員だったり、デパートガールだったり、学生だったり、さまざまではあるがとにかくお金が必要であり、その為に一夜の客を求めに来る。そしてそんな女を買うために男達が集まる。

男達、国籍はさまざま、怪しげな白人、黒人、インド人、中国人、韓国人、日本人、

彼女達、持っている金は帰りのバス代しかない場合もある、客がつかないと朝までいる場合もある、こういった場所の関係上、多くの女性は英語が話せる、つまりある程度の教育を受けている、大概がカレッジ卒か大学卒ではあるがこの国ではそれであっても良い仕事を得るのは難しい、しかし、それもあるが多くの女性達には家庭の事情がある。

家族には仕事がない、夫に捨てられた、妊娠したが連れ合いに逃げられた、自身も仕事がない、学生だが払う学費はない、面白い事にこのカフェでは彼女達の個人商売には一切タッチしていない、従って彼女達には客に対しての拒否権がある、嫌な客は相手にしない。

ちなみに一晩、客がつけば半月分の生活費にはなる。つまり副業、


こういう場所で酒を飲みながら、集まる男や女を眺めている、実に面白いし飽きない。まあ、私も相当の暇人ではある。



さて、フィリピン滞在も後一日、明日の早朝には出発、過ぎてみるとあっという間であった。

今回のフィリピン、その理由の多くはネット、ブログを通じて知り合った友人に会う為であった。その意味ではその目的は果たした.旧交を温めた、また新しく知り合えた方もあった。


明日からは日本、日本でもブログで知りえた方、何人かの方々とお会いする約束になっている、未知のかたがたとの出会い、楽しみではある。さてどんな展開になるのやら!



ではまた。

旅の途中 2

2014.02.11.13:55

昨日 デビソリアという場所に行った。

ある家族の買い物に付き合う為であった。この場所、ありとあらゆる物が売られていて値段もめちゃくちゃに安い,日本でいえば東京上野のアメ横によく似ている、

道路にはジプニーといってジープを改造した乗り合い個人営業のバスみたいな乗り物であふれかえり、大渋滞、また道と言うか露店がところ狭しと並んでおりそこに大量の買い物客がひしめいている。

私はこの場所、地名としては知っていたが行ったのは初めてであった。

この場所、通常の観光客は行かない場所であり、すりや引ったくり、かっぱらい、犯罪多発で有名な巨大安物市場でマニラの小売業が品物を仕入れにくる場所でもある。

衣料であればジーンズが500円、靴であれば800円位で売っている、3階建位のビルや平屋の建物に5坪位のブースで仕切られた場所が何百とあり、とにかく食料品以外のあらゆる物を売っている。

例えば Tシャツ100円、男物短パン200円、サンダル100円、下着トランクス50円、男の夏の一式が500円以下で揃う、食べ物はトロトロといって屋台に毛がはえたような食堂というか鍋に調理されたものが並び、何の焼き鳥かわからないものやバナナのフライやら、とにかく100円以下でお腹は膨れる、庶民と言うか社会の底辺に住む人間には実に便利な巨大市場である。

おそらく、食料市場も近くにあり魚から肉、野菜、なんでも安く手に入ると言っていた。

騒音、雑踏,廃棄ガス、ごみ、混沌、カオスにあふれた場所であった。

沢山の子供も見かけたが、おそらく学校に入っていないと思う。たむろしている人間も実に怪しげな人間ばかりで、この市場にはよほど慣れた人間以外は立ち入りは難しいと思った。

フィリピンと言う国、ある意味極端な階級社会、10%の超リッチ階級、20%の中間層、後は貧乏人である、だが最近この中間層が増え、見た目にはこの国、昔に比べれば豊かになってきたような気はする。


変な話だが私は水道の水、平気で飲める、これはその昔、水で大変な目にあい、三日三晩、熱と下痢、嘔吐で死にそうになった経験があった、その結果、多分だが体の中に抗体というか免疫が出来たのだと思う。

だから怪しげな屋台食堂で、訳の分からぬ得体のしれない食べ物を食べても、あたらない(笑い),いまや体的には立派なマニラの貧乏人の体質になっている。

先ほど2人の長い友達のフィリピン人と一緒にランチを共にした。

1人は美容整形外科の医者、もう1人はフィリピン労働省のNO2、depertmennt of Laber and Employment  Undersecretary これが英語表記の正しい彼の地位である



共に名前をダニーという、この2人と長い付き合いになる、労働省NO2のダニーは去年定年だったがアキノ大統領からまだ辞めないでくれといわれ勤めているが、もういい加減疲れたと言っていた、彼は個人的に学校ビジネスをやっていて生徒は3千人と言っていた、ちなみに労働省のNO2であったとしても、辞めた後の年金は月額にすると1000ドルちょっと、少ないとぼやいていたが、個人事業があるので生活には困らない。

フィリピンの旅も後残り3日となった、正直いって少し飽きてきた、さて、どうしようか?


今日は此処まで、

旅の途中。

2014.02.10.11:42

都知事選挙について又後で書くとして、旅の途中としては相変わらず馬鹿な事をやっている。


それはこういったこと、すべての情報、住所、電話が入ったアドレスブックをタクシーに置き忘れてしまった。

ある人間に会いに行って帰る時に気がついた。

真っ青になって焦ったがたまたまホテルから出る時に渡されたタクシーのプレートナンバーを控えたメモを持っていた。

これはホテルが客に後でタクシートラブルを防ぐ為に渡すものだが、とにかく直ぐにホテルに連絡を取り、タクシー会社から乗った運転手に連絡を取ってもらった。

だが、そこはフィリピン、結局、このアドレス帳が私の手元に戻ったのは丸一日経ってからであった。

持ってきてくれたタクシー運転手にはホテルを通じてお礼に20ドルをあげた。20ドル、こちらの人間にとっては大きいお金だが私にとってはたいしたお金ではない。


結果的に私はラッキーだった、これがもし街で拾ったタクシーに置き忘れたのであれば絶対に探すことが出来なかった筈、日本に帰っての行動が予定できなかった、と思う。


もう一つの問題はこちらで最低限度の機能しかない携帯電話を買ったがその使い方がまったく分からない事であった。

この携帯で相手に電話をかける事は出来る、電話を受け取る事も出来る、だがテキストというか、なんだがいっぱい入ってきているが、これがよく分からないし、返信も出来ない。

我がまま親父ではなく阿呆親父である(笑い)。



こちらでの行動は妻の監視はないことを幸いに例によって毎晩のみ歩いている。ホテルに戻るのは毎晩午前様、ガードしてくれている人に言わせると危なっかしく隙だらけらしい、そういえば目つきの悪い客引きに何度も声をかけられた。

だが、幸いにもまだ危ない目には遭ってはいない(笑い)

カラオケクラブや女性がいっぱい集まるバーにもい行ったが、やはり爺いはお呼びではないようだ!!



別にもう女性には興味がない体の状態なのでそれは構わないが、それでもちと淋しい思いはある(笑い),面白くないのは此処マニラの歓楽街、どこに行っても朝鮮人が我が物顔でいる事、うるさいし英語もタガログ語も出来ない連中がただただ酒に酔って喚き散らしている。

この野郎とは思うが相手は何人かの連れ、非力な枯葉老人、悔しいが為す術がない(泣き)

此方での滞在、天候はそんなに暑くはないしすごしやすい、このホテルの周りは日本でいうと銀座と渋谷を合わせたような街、洒落たレストランや有名ブランド店が立ち並ぶ、直ぐ近くには高級コンドウやマンション、金持ちが住むビレッジがあり、此処がフィリピン??とは思えないほどである、

たまたま、昨日デパートの靴店でスニーカーを買ったがその値段、日本円で約5000円,一般勤め人の4日分位の収入に相当する、それでもこの街マカテイにはそんな値段を気にしない購買層が存在する、

夜、たまには日本食ということでモールにある日本人店のトンカツ屋で高級とんかつと生ビールをとったが、合計1800円、30分も待たせて旨くない、流石に頭にきてマネージャーを呼び文句を言った、で、その時の私の服装、見た目やくざ、サングラスに光ものアクセサリーじゃらじゃら、、、、、、、、、、、、、

マネージャー、びびってお代は結構ですと言った、そうは言ったが文句は言ったがお代をただにしろと言った訳ではない、面白くなかったがきちんと会計はすませた。



その他にも面白い話もあったが、今日はここまで、

旅行の為、暫く、ブログ更新休止します。

2014.02.01.04:01

旅行、フィリピン、日本、時間があればベトナム、に行きます。そんな訳で1月程、ブログ更新休止いたします。

再開は3月からとなる予定、(無事で帰ってくればという前提で,なにせ妻の監視がなくなるのでむちゃくちゃやるのではと、心配されています、過去に飛行機の中で倒れ、気が付いたら空港の救護施設の中でした、これは持病の糖尿病の急激な血糖値の低下、だったそうです)

ではその時まで、、、、、


拍手欄コメント、有難うございました。

かでなあやこさん、雪さん、系たんさん。



更新休止と書きましたが、急遽、PCラップトップ持って行くことにしましたので、途中、書き込みするかもしれません。



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わがまま、親父

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カナダ、トロント近郊に住む、死に損ないの爺いです。余命わずかなので勝手な事を書き散らしています。

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