馬鹿、我がまま親父ではなく馬鹿親父に名前を変えようかな、、

2015.04.20.22:32

ほぼ一か月近く、治療の為に多量の薬を服用していたので、酒を一滴も飲まなかったのだが、少し調子がよくなったような気がしてつい、好きなウオッカをストレートで飲み、いい気分で出来上がって馬鹿な記事を書いたりしていたが、また、具合が悪くなってきた、、、、、、、ちょっとしんどい、体が異常にだるい。

本当に懲りない馬鹿である。以前にもこのような状況で救急車で病院に運ばれた事があった。

それも妻から怒られるの嫌で、内緒で買ってきたウオッカを書斎の机に隠し、妻が寝静まってからぐいぐいとやっていた、そんな訳で調子が悪くなってもその理由が言えない、、、、、、つまり自業自得。


2~3日、様子を見るため、更新を控えます。

案の定。

2015.04.18.00:38

今日BBさんの記事を読んでいたら、案の定、先の記事で書いた本庄第一高校のサッカー部員による韓国での集団窃盗事件の
馬鹿野郎部員、自宅謹慎にも拘らず、遊びほうけていた記事があった。

私も記事で書いたがこの高校のろくでもなし、阿呆副校長が自宅謹慎処分にした、じゃ、きちんと監視をつけてその処分結果をウオッチしているのかと疑問を呈したが、結果は予想通り、案の定という体たらく、糞教師、糞教育者の糞高校、まあ、予想範囲ではあるが、全く呆れてしまった。

これだけ日本人の顔に泥を塗り、朝鮮人に日本人の悪口雑言を言わせる原因を作ったのに、副校長は顔を隠してのおざなり謝罪、校長は姿を隠して雲隠れ、何が教育者でございだ、この馬鹿野郎!!
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ワシャ、知らん、何も関係ございませんと雲隠れの吉田秀也校長。

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顔を隠して記者会見をして、この窃盗を起こしたサッカー部員、問題のあった生徒はございません、生徒は自宅謹慎にし、サッカー部が存続させますだと、何を言っていやがる、責任者が顔を隠していう話じゃないだろう、この偽善者副校長の相川浩一。

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何がOFFだ、馬鹿野郎、お前たちは自宅謹慎じゃないのか、お前ら世の中をなめていないか!!

このロクデナシ校長や偽善者副校長があって、この糞ガキサッカー部員あり、非常に分かりやすい校風である。

因みにこの馬鹿たれ本庄第一高校サッカー部部員、

サッカー部背番号 1  大木啓太朗
同           70 内田 大貴

多分、他に自宅謹慎処分を受けた20名のサッカー部員も同じような事だと思われる。

未だに韓国にサッカー遠征試合何て阿呆な事をやっている高校、顔を出さない副校長、逃げ回る校長、おそらく叩けば埃が出る体、遠征費や旅行のキックバックで美味い汁を吸っていたのであろう、

それにしてもだ、この糞ガキの親達、親としてこの糞ガキ達の行状チェックもしないのか、してもガキが言う事を聞かないのか、いずれにしてもこの親達も糞親である事は間違いない。

何故、このような前代未聞の不祥事に学校として断固たる処分ができないのか、生徒や親に成り済まし在日が多いのか、その為にとにかく逃げ回っているのか、マスコミが過小報道でお茶を濁しているのか、疑われてもしょうがない。

世の中をなめ、大人をなめ腐っていやがる、こんな反省も何もない糞ガキに未来も糞もない、高校退学で一生臭い飯を食っていろ!!


こんな記事を書けば、馬鹿野郎人権団体が、こんな事で将来がある若者を傷つけてはいけないなんて御託をならべそうだが、それこそ本末転倒、それだけの事をしでかしたら痛い目に遭う、その事を身をもって知らすべき。

先程、KUONさんの、今日も元気でいましょうね、というブログを見ていたら、特攻隊で国の為に散っていったまだ20代になるかならないかの若者の親や兄弟姉妹に当てた遺稿集をが載っており、それを読んでいたら、涙が出てきた。

一体、この糞ガキ達とこの特攻で祖国や家族の為に散っていった人達との差の違いは何んなんだ??、、歳だってそんなには違わないのに、、、、、、



こうやってこの糞ガキ達が、やがてろくでもないねえちゃん達と所帯を持ち、そして碌でもないガキを生み、ろくでもない育て方をして、ろくでもない子供になる、まるで負の連鎖、腐った種が決して食べられる食物にはならない。人間も同じ事。

誰だ、日本の将来は明るいなんて戯けた事をいう阿呆は、そんな訳はないだろう!! いまや師の付く職業、詐欺師、いかさま師、地面師、竿師、教師もその仲間、どうだ違うのか!! ちなみに竿師って何だ?、、、、、知ってる人は知ってる職業(大笑い)、、、、、そういえば日本で最高の阿呆、後退師というのもあった。

ロシア名と言っても私が勝手に面白半分で名づけた名前なんだが、読者の一部に評判が良いので図に乗っている、

で、コウタイシー オタンコナス、ゲーハカクスノフ。

ついでにおまけで
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ヒロノーミーヤ、ベンショウーシミチキン。こんな事をやっている私、戦前なら不敬罪で特高警察に検挙され、足腰立たぬ程ぶちのめされての刑務所暮らしだったかもしれない。表現の自由の民主主義、有難くて涙が出る。もっとも、あえて自由な表現もしない、それもあるようである。それはどうやら成り済まし日本人らしいが、!!

そう言えば、皇室批判ブログの有力な書き手である、ふぶきさんのブログに、我がまま親父のコメントとして、こんなブログは面白くない、なんてコメントがあった、勿論私ではない、私のHNを騙った成り済まし、更には読者から我がまま親父のHNを止めて、テキサス親父にあやかって、トロント親父ではどうかという提案もあった。


余命わずかな命、ささやかに異国で小さなつぶやきを発信しているだけのつまらん親父、、、、、、、何!!、その割には言いたい放題、滅茶苦茶書いているではないか、、、、、、、はい、これは病気がなせる仕業で他意はありません、、、、

すいません、嘘をついてしまいました。


冗談はともかく、本当に腹が立った後追い記事だった、、、、、、、、、、、、、、話が呆けた、そうかもしれません、一か月振りに飲んだウオッカが効いてきています。


では、、、、、、、何が、ではだ、、まあ、そんなことを言わない方向でお願いしたいと思っています。



二度目のキューバ。

2015.04.16.23:12

実は来月2度目のキューバに行く予定、期間は1週間くらい、行き先は前回とは違うリゾート、メンバーは前回のメンバーに何人かの比国人が参加の予定。
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ホテルのプライベートビーチ、実に綺麗だった。


今、アメリカとキューバ、国交正常化交渉が行われている、今まではアメリカとキューバ国交がなく、アメリカからは直接キューバに行く事は出来なかった、その為メキシコ経由とかカナダ経由とかでしかはいれない。

国交がないために表向きはアメリカ人は入国できない話になっているが、そこはラテンの国、当然裏がある。実際、キューバでは何人ものアメリカ人に会った。

キューバ、この国については以前にも書いたが本当に貧しい国である。経済は国家統制の二重経済、流通しているキューバのお金、一般の人が受け取っているペソと観光客が使うペソがあるし、極端な貧乏人もいない代わり大金持ちもいない、この国で何かで成功して金持ちになり、豊な生活をする、、それは不可能、、大学教授や政府役人と一般人との給料格差もそんなにない、中国からの輸入で安物雑貨はあるがそこそこの高級品はない。

政府がやっている最低限度の食糧配給で飢え死にすることはないが、お金を出して好きな食べ物、おいしい食べ物、高級な料理を食べられる、それは一般のキューバ人にはできない。

ショッピングモールやデパートに近い施設はあるが、売っていつものはロクな製品はないし、トイレに紙はないし、欲しければ買うしかない。車は1950年代、アメリカ人が残していったポンコツ自動車今でもはしっている。
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人々は生活に不満があって政府批判をしたいが公には言えない、それは秘密警察網が張り巡らされていて、批判者がある日突然行方不明になる、そんな事がいくらでもある。

そんな国だが、人々はそれでもなんとか暮らしている、それはそのことが当たり前で普通だと思っているからである。

私はアメリカとキューバがもし国交が正常化した場合、いろんな意味でキューバは変わる、それもとても速いスピードで変わると思っている、それがいいか悪いか、

実はキューバ、裏経済がある、それは亡命キューバ人からの送金によって、潤っていた富裕層ではないが、そこそこの階層があった。それがアメリカからの資本流入になれば一気にキューバの経済構造が変わる、つまり、政府が統制してきた経済構造が変わるという事、事実上、社会主義、共産主義経済の終わりになる。

そうなると庶民の意識も変わる、当然、金持ち階級と貧乏人階級との格差が生まれ、それが開く、まさにキューバ革命以前のキューバに戻ってしまうという話。

キューバという国、国として致命的な問題として産業がない、唯一あったのがサトウキビによる砂糖産業、以前はロシアがソビエト時代、砂糖の価格、国際流通価格よりも相当高い値段で買ってくれていた、だがそのソビエトはもうない、砂糖の国際価格、下落しており、国庫収入は厳しい、つまり国家のイデオロギーよりも国として生き残り、解放経済に踏み切った、それがアメリカとの国交正常化だと思っている。
だが、これはいわばもろ刃の剣、キューバに市場経済が導入されれば人々の価値観は一変するはず、いままで豊ではないが、それは皆同じで、そこそこラテン気質でやって来た暮らし、そうはいかなくなる。

キューバの唯一の国家産業であった、観光産業、さてどうなるか、

キューバ観光、これは飛行機代、ホテル、観光、食事、チップ、すべてを含んでのパッケージである。リゾート施設内では全くお金を使わないし、パッケージ料金としては安い、家族ずれやグループで行く分にはそこそこ楽しい。酒は無料で飲めるし煙草も安い、但し、殿方の夜のお遊びは難しいらしい(まあ、私にはどうでもよいが)
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今回も今から持って行く着なくなった衣類を整理している、それはキューバではお金を上げるより衣類を上げる方が喜ばれる、それはお金があってもそこそこの衣類や流行の衣類、高級衣類は買えない、女性の高級下着もない。

前回も一緒に行った友人の奥さんが昔からの知り合いに配っていた、実際に喜ばれていた。


キューバ旅行、私、また、現地でチーノと呼ばれるのだろうか(笑い)、、、、冗談じゃない、俺はハポンだ、ニイハオじゃない、こんにちわと言え(怒).


キューバの人種構成、色々、スペイン系もあればアメリカ系、それとサトウキビ産業で労働力として連れてこられた黒人系との混血、今ではこの黒人との混血の人々のほうが多数派を占めるのではないか、そんな気がする。

私はスペイン語は全然駄目だが、それでもキューバ人が話しているスペイン語、何かちょっと違うような気がする。多分だがキューバ独自のスペイン語のような気がする、特に黒人種の方のスペイン語、そうとうアフリカの影響をうけたスペイン語、ま、あくまでも感じがするだけ、

中国料理、これは今やどこの国にもある、以前にバハマ諸島に行ったとき、チャイナタウンがあって驚いたが、そこで食べた中国料理、甘ったるくて閉口した、キューバの中国料理、これはリゾート施設にあるレストランだったが、料理人はレゲエスタイルの黒人青年、出てきたものが正体不明料理、そこでこの黒人あんちゃんにあんたは中国料理を習った事があるのか、と聞いたら、これは俺が編み出した中国料理だと言っていた(笑い)

ま、ラテン気質のいい加減さ、それがよいと言えばよいが、私のような生粋の日本人、いても一週間が限度それ以上はいられない。
ホテルのバーで無料で飲める酒、南国のカクテル、モヒート、これは美味かった、できれば可愛いおねえちゃんと一緒ならもっと美味しかったと思うが、贅沢は言うまい、お迎えの近い爺いの繰言、寂し~い。
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お葬式。

2015.04.15.14:07

今日、近所に住むアルメニア人のおばあちゃん、享年92歳のお葬式があったので妻と2人で行ってきた。

場所はアルメニアン教会、
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この亡くなったおばあちゃん、息子と娘、共に独身、と一緒に住んでいた。この数年は体もすっかり弱り、娘が献身的に世話をしていたが、さすが寿命、とうとう亡くなってしまった。

この一家はイラクからの移民ではあるが、元々はアルメニア人である。以前にも書いたが、アルメニア人、東欧の国、その昔は大きい国だったが、戦争による虐殺も会って多くの人々が隣国や他の国に逃げ、国自体も小さい国となってしまった歴史があった。

私の家の左隣の一家もアルメニア人で、何年か前になくなったアーチ―はトルコのイスタンブールで育ったと言っていた。
そんな訳でこの葬儀に集まったのは殆どがアルメニア人、葬儀もアルメニアン教会で行われた、アルメニア正教、ヨーロッパで一番古いキリスト教である。

礼拝は全てアルメニア語で行なわれた為、その内容は理解出来なかったが、良いお葬式だった。

教会で出棺後、墓地まで車で連なって行き、墓地にて土葬、その後レストランを借り切ってきた参列者を接待、私達も誘われたが、出棺を見届けて失礼した。
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このようにそこそこの葬儀の場合、車の葬列の先導には必ず警察のパトカーがつく、大きな葬儀になれば信号もノンストップで通過することもある。

このおばあちゃん、ある意味可哀そうであった、それは足が弱って外に出られない事もあったが、一番の問題は英語が話せない事で、何年か前に私の母がやって来た時、このおばあちゃんを訪ね話をしたが、お互い息子同士の通訳でなんとか話ができた経緯がある。

いつも裏庭で日向ぼっこをしていて、声をかけるも会話ができなかった。

娘のシルバはイラクがまだフセインが強かった時代、日本の機械商社のイラク支社に勤めていて日本語も多少だが話せる、フセインはともかくとしてもその時のイラクは良かったと言っていた。

受付で妻と一緒に写っているのは同じく隣の中国系ベトナム人のジェニーである、彼女は中国の少数民族の出身で南方系中国人の言語は殆ど解ると言っていた。


私が住む住宅地、このように色んな国からの出身者が住んでいる、それぞれの母国の文化と伝統を大事にしながらも、移民としてやってきたこの国を第2の祖国として暮らしている、だから住んでいるこの国を悪くいう者はいない。

多文化共生というのはこのような土台があってはじめて機能するもの、それを日本に持ち込もう、それ自体が間違っている。

火病持ちの基地外、恨み1000年の朝鮮人にそんな話をしても理解できないと思うが、そんな運動を展開している自称、進歩的文化人や左翼左巻き思想人間や、似非平和主義を唱える阿呆日本人も多すぎる、また、そのような危機にも何も感じず、小さい幸せに汲々とし、能天気なお花畑で日々を過ごす、日本人も多い。

もし、日本が日本人の為ではない日本国になった時、ああ、あのときもっとよく考えていれば、そう思っても、もう遅い。

それは帰るべき祖国がなくなってしまった時に解る。まあ、こんな話、永久に分からんだろうな!!


話のついでに書くが、近所に家のベイ、ウインドの修理をしてもらったクルド人がいる、クルド人、イラクや中東に住む民族であるが、国を持たない、悲劇の民族、長年クルド人国家を目指して独立運動をやっているが、住んでいる国から弾圧されている、この近所に住むクルド人一家もカナダには難民として入国した、難民として入国、一年しか居られない、この一家もあらゆる方法で永住権を取るために奔走、結果なんとか永住権が取れたが、自分の国を持たない民族、世界には結構ある。

自分を守ってくれる国家、国がある、その有難さが本当に分かる人間は少ない。

人は試練によって強くなれるか?

2015.04.14.07:02

昔のことわざに苦労は買ってでもした方がよい、とか、試練は人を強くするとかの話があるが、これは結果論であって全てがそうであるとは限らない。

私が2000年にカナダに移民をしてトロントに落ち着いた際、教会である一人の男にあった、彼は医者で歳は私と同じ、医者と書いたがカナダではそうではなかった。

彼は粗末なアパートで独り暮らし、ものぐさでだらしなくその上吝嗇で、見た目も酷い恰好をしていた。彼が何故カナダに来たか、その訳はフィリピン女性医者との結婚でやって来た、それ以前に彼は離婚した経験があり、2度目の結婚だった、結果からいうとこの2度目の結婚も失敗し、その為に独りで暮らさざるを得なかった。

はっきり書くがこの2度にわたる結婚も駄目になった理由は略同じである。つまり、捨てられた。彼は離婚の理由について違う事を言っていたが、彼の妻だった女医、こちらのフィリピン人社会では結構知られた女性で、その為、私も妻から本当の理由を聞いたが、なるほどだと思った。

その捨てられた理由、怠惰で風呂にも入らず、吝嗇でその癖、猜疑心が強く、卑屈で、やきもち焼きで、何一つ、男として取り柄がなかった。相当酷い事を書いているが、実際、私の家にも泊まった事があり、事実である。

彼は極めて貧しい家に生まれたが、頭は良かった、教会系の学校を失業し、医者を目指して勉強を始めた、だが日本国内にある、医科大学にはいかなかった、行けなかったというべきか、とにかく彼はフィリピンに渡り、医学学校に入り勉強をした、だがフィリピンでは正式には医者にはなれない、仕方なく日本に戻り、臨床医としてトレーニング、だが、彼を受け入れてくれる施設はなかった。臨床経験のない医者、あり得るのかどうかはよく知らない。

彼は医者と名乗ってはいたが、正式にはどのような資格なのか、彼はそのことは口を閉ざしていたので分からない。

そんな事もあって私が彼に会って以来、彼は相変わらず無頼な生活をし、一日1ドルで暮らす、そんな暮らしを送っていた。

彼が何故、そんな性格やそのような人間になったのか、彼の学生時代のクラスメートだった友人の話もあったが、それは彼が極貧の貧しい生まれで苦労を重ね、何回も人生で挫折を味わい、はっきりいえばその為に根性がひねくれすぎてしまった、もうそうなると修正が効かない、劣等感と恨みに明け暮れる生き方、私も最初は同情して付き合ったがそれさえも私が優越感を感じていると受け取ったり、つまらん皮肉を言ったり、すぐ解るような追従を言ったり、、、、、、、

これは明らかに、人生の試練を受け過ぎてしまい、その為、根性が曲がりすぎた男の話で、このことわざというか、そんな事はない事もある例の一つでもある。

彼、現在、風の便りによれば、日本の何処か田舎の無医村で、医者の真似事をしているらしい。


一方、このことわざ通り、与えられた試練に打ち勝って、立派に人生を生き続けている女性がいる、それも若い女性で現在某大学の2年生、19歳のお嬢さんである。

その彼女の名はりりー、(HN) ずっと長い間、彼女について記事にしたかった、で、今回,貴女の事を書いても良いか?
断りも入れているし、彼女からもぼかしてかいてくれるなら、と許しも得ている。

私は彼女が自身のブログを開設し、そして現在までのブログ記事をずっと読み続けているが、世の中にはこんなにも強く、でも爽やかで、頑張る若い女性,いるとは思わなかった。

それは彼女の生い立ちによる、彼女自身も書いているので省略するが、幼少時は既に両親はなく、たった一人の兄と施設をたらいまわしにされたり、商売里親に引き取られたり、教会の施設で育ったり、それこそ、踏んだり蹴ったりの生い立ち、それでもめげず、自分という物を信じ、可能性に賭け、日々努力する姿、その生き方に私は感動している。

彼女が書いているブログ名、Lily@Japan というブログである。

最近感心したのは、彼女からのコメント返信でこうあった。生い立ちの悲しみは自分で乗り越える。

こんな事、今時の19歳の大学生には決して言えない。立派である。彼女自身は私自身はふつうの女の子、そういっているが、私はそうは思わない。

彼女は現在、大学は奨学金、生活はアルバイト複数をしてまかなっている、誰からの援助も受けず、生きている。

彼女はシカゴで生まれ、その後ヨーロッパ、フィリピン、そして日本、その為、英語、フランス語、イタリー語が話せ、その他ラテン語系の言語、話す事は難しくなったが会話は理解できるとあった、両親のどちらがハーフ、本人はクオーターだと言っていた。
身長は167センチ、女性としては大柄になるのかな、

彼女が今後、どんな大人の女性に成ってどんな生き方をしていくのか、私は楽しみにしているが、それまで命が持つかどうかは分からない。出来れば映画のように彼女が恋愛をし、そして結婚、妻になり、母になっていく姿を見たいと思っているが、それはあの世で見届ける事になろう。

彼女、視野を広げる為にも外国留学を考えているそうで、アメリカのプリンストン大学の教授ともやり取りしているし、もしかしてそこに行くかどうかはわからないが、もしアメリカの大学に留学するような事があれば、是非、会いたいと彼女にも伝えている。

試練、誰にでもやってくるが、だが、この試練に耐えうる力、それは誰でも持っている訳ではない。


我がままで小心で、我慢が出来ないロクデナシだった私、それなのにそこそこ幸せな今がある、ただただラッキーだった、としか思えない。




糟糠の妻、記事で交代師負債のそれぞれのロシア名、追加してあります・ご参考まで。

交代師、、、、、、ボクチャンチンコ クダツキ―、、、カツラノミヤノフ ズルムケン、、、チショウ―ニーテ モノイワレンコ,
     モノイワンナル ノータリンデンネン,、、ヤオフーク ワシャシランデーン。


 、

交代師ヒヒ、、、、、、マーコ オマタ カユインチョフ、、、マタコ クワガタ―タ、クワガタ。(解る人は解るフレーズ)
バサコ アボン シンデーレラ、、、、、、マサコ オテフーリ モーイランワヤ。
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わがまま、親父

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カナダ、トロント近郊に住む、死に損ないの爺いです。余命わずかなので勝手な事を書き散らしています。

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